オルガニスト&作曲家 大髙清美さん

今回の取材のためにわざわざ幸手まで来てくださった大髙さん。取材時間前に駅から母校まで通学路をゆっくりと歩いたそうです。
「40年ぶりに幸手に来ることができて、懐かしさと嬉しさで、昨日は卒業アルバムを見て思い出にひたりました」と大髙さん。
6歳から習い始めたのがそろばん。中学3年で2段、4年連続で全日本珠算競技大会で3部門に3位以内に入賞。その実力を活かすべく、幸手商業高校への進学を薦められたそうです。
そして、6歳で同時に始めた習い事がエレクトーン。高校1年からは都内のヤマハ音楽教室に通ったところ、いきなりコンクールの関東甲信越大会出場へ。それをきっかけに本格的にエレクトーンに取り組むことに。
「高校卒業後はヤマハ音楽院に進むことを決めましたが、家にピアノがなくて練習できずに困っていたら、理科の先生が音楽室のピアノを使えるようにしてくださって。無事にヤマハ音楽院に入学することができました。個人を尊重してくださり今も感謝しています」
いろいろな経験を重ね色合いある楽曲づくりを
ヤマハ音楽院を卒業後、ヤマハ音楽教室の講師を7年間勤め退職。オリジナルを作曲するようになったのは、この頃から。
ソロ活動をしていた時カシオペアからオファーが。
「断る理由がないので(笑)カシオペアでの12年間は、とっても勉強になりました。現場が明るくて、楽しくて笑っていた思い出ばかり」
辛いことがあっても違う自分を発見できるチャンス!と人生を楽しみ進化し続ける大髙さんです。
大髙さんは憧れの存在音楽で世界がつながる
今回、夢のようなインタビューが実現したのは、幸手市内で動物病院を営む傍アマチュアバンドとしての顔を持つ、大橋秀樹さんが音楽活動の中で、偶然にも憧れの大髙さんとご縁が。
大橋さんは以前『高校生バンド大会』を主催するなど音楽を通して地元を元気に。
【プロフィール】大髙清美
埼玉県出身。6才よりオルガンを始め、個性的な作曲やジャンルにとらわれないオルガンスタイルで、’98年矢堀孝一(G)岡田治郎(B)木村万作(Dr)と「Third Hand」でデビュー。DaveWeckI(Dr)Gary Willis(B)後藤次利(B)山木秀夫(Dr)等とリーダーアルバムや教則DVD「大髙清美オルガンの流儀」など多数リリースし「ミュージックフェア」「僕らの音楽」などTVにも多数出演。2012年~2024年、活動再開した「カシオペア 3rd・P4」メンバー。